GAG(Galleria Actors Guild)は、アマチュアオペラ制作集団「ガレリア座」で知り合った大津佐知子と北教之が、1996年に結成した劇団です。二人芝居を中心とした少人数の演劇・朗読劇などを不定期に上演し続け、2013年には第十回公演を開催しました。演劇だけでなく、歌曲なども交えたお茶会などを今後も発表し続けていきます。

「悪魔のロベール」終演いたしました!

2015年もいよいよ暮れようとしております。みなさま如何お過ごしでしょうか。

さて、先日来このブログでも宣伝してまいりました、ガレリア座第27回公演「悪魔のロベール」。先日12月20日(日)パルテノン多摩大ホールにて上演、無事終演いたしました。
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました!

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第二幕、ロベールへの思いを歌う王女イザベル。演じるのは大津。

 

マイアベーアの「悪魔のロベール」がパリで初演されたのは1831年。その前年1830年に、パリでは七月革命がおこり、ブルジョワジーの王とも言われるオルレアン公ルイ・フィリップによる立憲君主制が開始されたばかり。既に経済的に社会を牛耳っていたパリのブルジョワジーが、名実ともに、フランスの支配階級としてわが世を謳歌しはじめたこの時代。そのブルジョワたちの娯楽を支えるために、劇場に流れ込んだ潤沢な資金と、新時代の勢いをそのままに、豪奢な劇場的仕掛けを縦横に駆使したフランスグランドオペラが誕生します。その記念すべき第一作目が、「悪魔のロベール」でした。地獄の合唱、妖艶な尼僧の死霊たちのバレエ、荘厳なオルガン伴奏による合唱、ソリストの超絶技巧が展開される歌唱と、ケレン味たっぷりの物語、そして重厚なオーケストレーション。印象的かつ分かりやすい旋律が数多く盛り込まれ、当時のパリで大人気を博した、というから、当時のパリの街角では、このオペラに出てくる歌がしょっちゅう口ずさまれていたのだろうな、と思います。

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ロベールの友人、実はロベールの父親である悪魔ベルトランは、奸計によって息子ロベールを地獄に引きずり込もうと画策します。演じるのは北。

 

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ベルトランの策略と尼僧の死霊に導かれ、悪魔の魔力を持つ枝を手にするロベール。

 

当時大流行した「悪魔のロベール」へのオマージュは他の音楽作品やミュージカルにも数多くみられます。ショパンは、「マイアベーアは神の領域に達した」と感激し、「チェロとピアノのための『悪魔のロベール』の主題による協奏的大二重楽曲」という大層なタイトルの曲を書いています。なんとなくそういう血沸き肉踊っちゃうオペラなんですね。リストは、「鬼のロベールによる回想」という変奏曲を書きました。また、コルンゴルドの「死の都」のヒロイン、マリエッタという踊り子が出かけるのは、彼女がバレリーナとして出演している「悪魔のロベール」の舞台のリハーサル。「死の都」の中では、マリエッタが「悪魔のロベール」のバレエシーンを実際に演じる場面も挿入されています。また、今もブロードウェイでロングラン上演されている「オペラ座の怪人」では、冒頭のオークションの場面で、「悪魔のロベール」で使われた舞台道具が競売にかけられている、というシーンが出てきます。

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第四幕、意に染まぬ結婚を前に悩む王女イザベルをよそに、結婚を祝う民衆の合唱。

 

このオペラが歴史の中に埋もれ、つい最近まで、本場欧州でもほとんど再演の機会がなかったのは、あまりにも大衆に受け入れられ、大人気を博してしまったこの作品とマイアベーア自身に対して、後世の作曲家が激しく嫉妬したからだ、という説が多く聞かれます。作品の魅力や完成度とは別のところで生まれた、「マイアベーアみたいな大衆受けする音楽を書いてたまるか」という屈折した反発。特にその反発を様々な形で残しているのが、少し時代を下った1850年代のパリを席巻した、オペレッタの王様、オッフェンバック。彼が生きたナポレオン三世第二帝政時代そのものが、ルイ・フィリップ王政時代のアンチテーゼであった、という時代背景もあるのでしょうが、オッフェンバックオペレッタ作品の中には、マイアベーアのパロディと思われる場面や音楽が多数登場します。そうやって罵倒し笑いものにしながら、オッフェンバックはどこかでマイアベーア作品への憧れと敬意を捨てきることができず、彼が死ぬ間際に書いた唯一のオペラ作品「ホフマン物語」には、まさに「悪魔のロベール」のコピーと思えるような男声合唱やクプレが登場します。

オッフェンバックに代表される「悪魔のロベール」への敵視と、屈折した執着は、後世の音楽家にも綿々と受け継がれていきます。グノーの「ファウスト」、ビゼーの「カルメン」、あるいはドイツのウェーバー魔弾の射手」から、ヴェルディの「ドン・カルロ」に至るまで、「悪魔のロベール」が生み出した舞台設定や音楽形式の影響を指摘できる作品は枚挙にいとまがありません。しかし、それだけの影響力を及ぼしながらも、オリジナルの作品自体を蔑視する空気はなかなか消えることはなく、この作品は長く歴史の中に埋もれてきました。やっと最近になって、欧州でもマイアベーアの再評価の流れが生まれつつあり、「悪魔のロベール」も、1985年、本場パリで、当時の豪奢な舞台をそのまま再現したかのようなスペクタクルな舞台が上演され、2012年に英国ロイヤルオペラハウスが上演した舞台もDVD化されています。

しかし、この作品が埋もれたもう一つの理由として、歌い手にもオーケストラにも高度な技巧が要求され、しかも各楽曲が長大であり、演者の負担が相当大きいことがあげられると思います。分かりやすい旋律の裏返しとして、音楽的には単純で若干単調になる側面もあり、決して取っつきやすい作品とはいえません。反復横跳びをひたすら繰り返せ、みたいな演奏が要求される箇所もある。テレビも映画もなかった時代、数少ない贅沢な娯楽としてオペラに熱狂したパリのブルジョワたちは、その豊饒さに狂喜したんでしょうが、現代の我々からするとかなりの忍耐力と体力を要求される。欧州ですらほとんど上演されることのないこの作品は、当然のことながら、日本でもこれまで紹介されたことがありませんでした。

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ロベールの乳兄妹、アリスから、ロベールが悪魔の誘惑に心動かされていることを告げられるイザベル。

 

オッフェンバックの研究家であるガレリア座主宰の八木原良貴氏が、オッフェンバックがその作品の中で頻繁に取り上げている、マイアベーア、という作曲家に興味を持ち、その作品の魅力を再発見し、これを日本初演としてガレリア座で取り上げたい、と言い出した時、団員の誰もが、無数の「?」マークを空中に浮かばせました。「マイアベーアって誰?」「悪魔のロベールって何?」とりあえず正体はよく分からんが、面白そうな作品と言うから取り組んでみるかね、と手を出してしまったのが運の尽き。まさに未踏の雪原をひたすらラッセルを繰り返しながら登っている登山隊のような日々がひたすら続きました。

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王女イザベルという、超高難度のダジリタを要求される役をもらった大津。合唱を従えた大きなフィナーレ曲で聞かせる高音のダジリタだけでなく、物語のクライマックスには、悪魔に心を奪われたロベールに、人間の心を取り戻して欲しいと切々と訴える長いカヴァティーナがあります。ハープとアングレという二つの楽器だけを伴奏楽器として、ロベールの心の氷を溶かしていくこのカヴァティーナは、「悪魔のロベール」の4年後の1835年に作曲された「ランメルモールのルチア」の狂乱の場面での、フルートとソプラノの哀切極まりない歌唱の前触れともいえるかもしれません。日々、それでいいのかと楽譜と会話を続けながら、本番には多くのお客様が「感動した」と声をかけてくださいました。

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どうか、本当のあなたに戻って、と、ハープとアングレとソプラノだけが歌いあげるカヴァティーナ。

 

悪魔ベルトランという、物語の軸になる役をもらった北にとっても、大変な挑戦となりました。未熟な歌唱技術を精一杯背伸びさせて、今まで経験したことのない二重唱でのカデンツァ、アカペラ無伴奏での三重唱、そして、低音はミのフラットから高音はファのシャープまで、二オクターブを超える音域の楽譜をなんとか歌い切りました。

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大団円、悪魔の誘惑を退けたロベールを、救済と母性の合唱が包み込む。

 

年の瀬も押し迫った12月の多摩センターに足を運んでくださったお客様皆様に感謝申し上げると共に、2015年を素晴らしい公演で締めくくらせてくれたガレリア座の共演者の皆さん、スタッフの皆さん全てに感謝です。

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カーテンコール、やり終えた充実感で笑顔の大津と北を、オケピットから団員が撮影してくれました。

 

2015年、大変お世話になりました。そして2016年、GAGの二人の出演舞台が、年明け早々から目白押しです!またこのブログで宣伝周知させていただきますので、何卒よろしくお願いいたします!みなさま、よいお年をお迎えください!